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愛知機械のコニーグッピー
コニーグッピー AF8
この写真は、その当時の試作車の写真です。コニーグッピーは、軽四輪車では、
最も小さいピックアップ型貨客兼用車である。当時の大学卒初任給 (約2万円)
の10か月分でかえる20万円台の車で、乗用車的な性能を融資、かつ誇りを持っ
て乗れるようなスタイルであれば、購入層は相当広げられるという考え方のもと
に、スクーターと軽四輪車との中間に位置ずけられる車として開発した。
ピックアップ型のコマーシャルクーペとも表現すべき新車種で、スクーターを全天
候化して、しかも100Kgの荷物を積むことができる排気量200cc 2サイクルエ
ンジン (AE82型) トルコンの軽四輪車で、昭和36年4月発表、5月発売しました。
発売当初は注目を浴びましたが、超軽量が当時の道路事情にはまっちせず、
このため発売後1年足らずで生産を打ち切りました。生産台数 4654台
グッピーというネーミングは、熱帯魚のグッピーのように、ピチピチとスピーディーな
可愛らしい車をイメージして、ネーミングされました。
コニーグッピーは試作車
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コニーグッピー企画は、当初 ドイツのハインケルを参考に 前2輪、後1輪の、
後ろに荷台の付いたキャビンスクーターを考えて試作された三輪車です。
コニーグッピーのクレイモデル
コニーグッピーのクレイモデルを製作している写真で、1番右にいる方が、グッピー
をデザインされた宮田脩平さんです。
当初、設計された三輪車は、後ろに荷台を付ける事を考えていました。後1輪では
、安定性が悪いため、四輪車に変更され 今のコニーグッピーの成りました。
コニーグッピー試作車の板金
職人さんが試作のコニーグッピーを手作業で作っている様子です。
コニーグッピーの発表会
昭和36年5月17日に名古屋テレビ塔広場 (今の栄のセントラルパーク) で、華
やかに、行われてる様子です。
コニーグッピーの発表会での試乗会
発表会と同時に、試乗会も行った時の様子です。グッピーの右のフロントが、ぶつ
かってへこんでいます。それは、試乗したお客さんが誤ってぶつけてしまって、仕方
なく、そのまま試乗会を行っている様子です。
コニーグッピーの発表会の前の支度中
係りの社員で、慌しく作業している様子です。
コニーグッピーの発表会のコンパニオン
発表会の前のコンパニオンの様子です。発表会で車の横に女性を立たせるという
のは、日本初で、その当時コンパニオンを依頼出来る会社がなく、仕方がなく、女
性社員5,6人をコンパニオンに仕立てて、発表会を行ったそうです
社内報告のスクラップから
名古屋での発表会は大盛況です。下2枚は、昭和36年5月17日 大阪府体育館
での、発表会です。グッピーの周りに4,5人の女性を立たせたのは、やり過ぎの
ような気がしますが、グッピーを綺麗にラッピングしているのは、とても素敵な可愛
コニーグッピースポーツ
愛知機械の直営販売の愛知ジャイアント(株)が、発売と同時にコニーグッピー2台
をオープンカー仕立てて、販売した物です。(デモカー) 普通のコニーグッピーの販
売価格は、22万5千年でした。商用車なので、物品税が課税されなかったが、
コニーグッピースポーツは、乗用車として改造されたため15%の物品税を課税さ
れたため24万円で販売された。
その当時のカラーリングです。 ダットサンスポーツS211のカラーリングを真似た
ようなカラーリングです。 コニーグッピーの改造車
この車は、グッピーの改造車でダットサンベイビーといいます。昭和40年5月
皇太子(平成天皇) 御成婚記念として開設された「こどもの国」(横浜市)で使われ
る車を日産自動車が、寄贈する事になり、グッピーをベースに100台製作されま
した。
コニーグッピーのポスター
その当時の販売促進用に作られたポスターです。キャッチコピーが「いつでも どこ
でも コニーグッピーは貴方のマスコット!」でした。バックの車の渋滞風景を見る
と時代が分かります。 コニーグッピーの部品カタログ
良く残っていました。
コニーグッピーの取り説
2冊並んでいます。違いが分かりますか。コニーグッピーの文字デザインが違いま
す。左が正しいデザインです。右は、昭和36年5月24日に印刷となっています。
左は、昭和36年9月1日に印刷となっています。後は、ほぼ同じです。
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